2009.06.25

閑話休題

ランナーズ・ハイならぬワーカーズ・ハイというのもあるんでしょうか。

昼休みが終わってから6時くらいまでが一番楽しいです。

その時間帯はやたらのり気で「家に帰ったらあれを調べよう」なんてことを思ってしまうのですが、
家にかえったら全然、関係のないことしか調べない。

アホみたいなサイクルを繰りかえしています。

◆◆◆

このホテル、面白いです。→シチズンM
アムステルダムにあるらしいですが(有名なのでしょうか?)

なにがすごいって部屋の幅が2mくらいしかない。
両手を伸ばしたらとどきそうな狭さです。
水廻りはもはや部屋ではなく、シリンダーに入っていて、ダイマキシオンみたい。

部屋の広さも従業員も徹底的に切り詰めたかわり、
デザインだけはとにかく格好よくしよう、というコンセプトらしいです。

affordable luxuryだって。

2mの部屋がずらっとならんだファサードも、
思い切りがよくてなかなかかっこいいなと思ったりします。

◆◆◆

閑話休題。

正直なファサード。

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そこには階段がある。

(この建物、ずっと気になっていたんですが、アーツ&クラフツのWilliam Carseという建築家がつくったそう。残念ながら知らないのだけれど。)

◆◆◆

窓のある美術館。
日光で油彩を眺めるのは、なんて気持ちがいいんだろう。

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カムデン・アーツセンター。

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もともとは図書館の建物らしいです。
改修を手がけたのはここ。

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縦の回転窓ってよくあるけれど、
時々壊れているみたいにみえてぎょっとします。

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2009.06.24

気負いを感じるプロポーズ

ホームシックはなおってきたみたいです。

処方箋は、新しいプロジェクト、スカイプ、フォートナム&メイソンの計り売りのアッサム。

最後のはaiちゃん情報です。いい匂い。

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建築家の故・黒川紀章が若尾文子にプロポーズで
「君はバロックのような女性だ」
と言ったのは有名な話。

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若尾さんの華やかさを表したんでしょうが、

この話には、バロックは「歪んだ真珠」という意味のポルトガル語に由来し、
「風変わり」「できそこない」の意味で使う言葉だった、
というオチがつくのが定型のようになっています。

Baoque_pearls

(ただし、古典建築の正当性が強いヨーロッパでは、ゴシックにしろバロックにしろ、古典建築からはずれた様式はだいたい侮蔑的な意味から始まったネーミングらしいので、しょうがないところもあります。)

◆◆◆

でも、確かにそうなのですが、建築っぽい言葉で女性を口説こうとするならば、
これはギリギリ「あり」に入る唯一の言葉なんじゃないかという気がします。

「ゴシック」も「マニエリスム」も、全然、かわいげを感じない。
「アールヌーボー」は女っぽいイメージがあるけれど、なんとなくキマらない。
「擬洋風」とか「寝殿造」とかは普通の女性には論外。

もしかしたら、建築辞典を一晩中読んで探したのかなあ、なんて思ってしまいます。

◆◆◆

前にも書いたのですが、事務所で大きなコンペが終わってしまったので、
のんびりムードがただよっていた先週の月曜日。

「人もいないし、ユー、帰っちゃいなよ、天気もいいしさ。」

というようなことを言われたので、ヴィクトリア&アルバート博物館の
「バロック展」を見に行ってきました。

Baroque 1620-1800: Style in the Age of Magnificence

Homepage_2

本当にいいお天気でした。

Va

◆◆◆

建築だけではなくすべての分野の様々なものがひしめく
ある意味「ごった煮」のような展覧会でした。

それらを一つにまとめる「バロック」とはなんぞや??という話ですが。

展覧会の前書き(拙訳)はこんなでした。

バロックは17世紀中頃から1世紀(100年)にわたるヨーロッパの主流の様式であり、この期間は、(中世の地方分権から中央集権化が進んで)多くの国で絶対的な独裁政権が確立されたのみならず、ローマカトリック教会もその権力を強固にしていった時代であった。バロックはこれら強大な独裁権力に支持された様式である。 豪華、印象的、劇的、情緒的、などと評されるが、同時にその目的は実に現実的(「政治的」に近いのかも?)なものであった。バロックの芸術家は絵画、彫刻、建築、内装、庭園、そして劇や公的儀式のような仮設的なものまで、多岐にわたって活動した。人の五感すべてに訴える『総合芸術作品(total works of art)』をめざして数種の表現を同時に使用することも多かった。 また、バロックは世界中に影響を与えた最初の様式でもある。イタリアとフランスを起源としながら、ヨーロッパ全土、そしてさらに拡大するヨーロッパ勢力により世界各地に広まったのである。

と、易しい言葉で言ってくれてますが。
一言でいうと、「ドラマチック(劇的)」ということかと。

文字通り、劇のように、時にすべての芸術を総動員して感覚に訴え、(無理やり)感情の高まりを換気しようとするもの。

◆◆◆

でも、そんなこと言ったら、いろんなものが全部バロックだよ、と思うわけです。

手元の『ヨーロッパ建築史』によれば、美術史家のハインリヒ・ヴェルフリン(1864-1945)さんは

「バロックという言葉を『様式概念』『時代概念』『反古典主義的といえるすべての傾向』という3つのレベルでとらえていた」

とあります。(この教科書の中ではもちろん『様式概念』を第一義にしていますが。)

3つ目がおもしろいです。
『反古典主義的といえるすべての傾向』って。
どんだけ広いんだという話です。

◆◆◆

展覧会を見終わってから、そこで売っていたこの本を買ったのですが、

Baroque & Rococo
Germain Bazin(フランスの美術史家)
(1964 in UK)

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この作者も、ヴェルフリンさんを踏襲しているようです。

The word 'rococo' has remained attached to eighteenth-century art, but 'baroque' has acquired a much wider acceptance. Modern theories of art have been inclined to discern in Baroque art a formal value resulting from a vital attitude, whose character is to some extent complementary to the Classical, so that the whole history of forms might be summed up as an alternation of Baroque and Classical.

先の3つ目の「バロック」です。

The German theorist Wölfflin has described the formal characteristics of each of these two tendencies.  Classical art does not turn its back on nature - it is an art of observation, but its aim is to go beyond the disorder of appearances and to seek that deeper truth which is the underlying order of the world. Classical compositions are simple and clear, each constituent part retaining its independence; they have a static quality and are enclosed within boundaries.  The Baroque artist, in contrast, longs to enter into the multiplicity of phenomena, into the flux of things in their perpetual becoming - his compositions are dynamic and open and tend to expand outside their boundaries; the forms that go to make them are associated in a single organic action and cannot be isolated from each other. The Baroque artist's instinct for escape drives him to prefer 'forms that take flight' to those that are static and dense; his liking for pathos(情念、ペーソス) leads him to depict sufferings and feelings, life and death at their extremes of violence, while Classical artist aspires to show the human figure in the full possession of its powers.

この「バロック」は、まるで「古典主義」という厳格な両親のもとで育てられた非行少年のような言われ方です。

自然のなかに見いだした静的な秩序を理想とする古典主義。

それでは息がつまると、エスケープして、テイク・フライトした形態を持つ「バロック」。
感情的になり、動的になり、死や苦や暴力といったテーマを好むようになってしまった「バロック」。

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なかなか、ずいぶんなまとめられ方です。

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上の捉え方は一方の極なんでしょうが、

少なくとも、この展覧会は「バロック」の範囲を広げて、感覚的に受容しようというのがテーマのようでした。

建築のバロックのシンボルの1つであるねじれた柱のスケッチと、

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あまりかっこよくないチャールズ2世のねじれた胸像が一緒に見られるのは、

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なんというか、若干コミカルです。

(※でも、このチャールズ2世像も、ベルニーニ作のルイ14世の胸像がもとになっているので、ベルニーニの影響が大きすぎたということかもしれないのですが。)

◆◆◆

感情移入というものが有史このかた、どれくらい存続しているか、知る由もありませんが、

今のような感情移入の形態はこの時代に負うところもかなり大きいのかもしれないと思ってしまう。

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結局、深く考えずに、ただ楽しんでかえってきたのですが

ここでこういう展覧会をやるということは、
イギリスからは「バロック」は近くて遠い外国である、という思いがある気がします。

確かに他の国のほど激しいバロックの流行は見られない国なのですが
(たいてい理由は議会政治とピューリタン革命に帰されている気がしますが)

範囲を広げると、彼らの言うところの「バロック」的なるものは、
イギリスにも見いだすことができるかもしれない。
そこから、バロックを理解する糸口が見つかるかもしれない。

だからこそ、こういう「なんでもバロック」という展覧会が開かれたのかな、と思います。

2009.04.12

M2になったyo

M2になりました。
M1に女の子がいっぱい入ってきて、嬉しいです。
脱・マイノリティ!

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M1として最後にやったことは研究室旅行の幹事でしたw

昨日、もう一人の幹事のおかげで、
集合写真ができました。

といっても、現像できたということではなく…。

集合写真を撮ったのは、信州の山の中。

あまりに人通りが少なくて、
写真を撮る役を頼むことができず、

2人の人が交互に撮って、
フォトショップで一人分追加したものが「集合写真」。

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さて、だれが合成でしょう??
(ちゃんと一人分空けて撮ったので、けっこうナチュラルです。)


これ助教の先生の発案です。
もう、「記念写真」の「き」の字もない感じだけれどw
フォトショップに慣れ過ぎだ。

◆◆◆

長野というと近くてよく行くイメージですが、意外に見ていないところがいっぱいあって、楽しめました。

一番印象的だったのは、上田市にある「信濃デッサン館」「無言館」。

戦没画学生の絵画作品とか、夭折の画家の作品が集められている美術館です。
このプログラムもよく考えたなと思うけれど、
重すぎるこのプログラムをうけてたつ力のある建物です。

北川原温設計 信濃デッサン館 槐多館

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夭逝(22歳で没)の村山槐多の才能に圧倒され、みな口々に「槐多死んだのに、なんで俺生きてるんだろ…」とかいいだす。

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そして美術館のまわりの景色がすばらしい。

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どこに生まれようとも、子供時代と初恋を思い出す場所、信濃。

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見る機会がいままであまりなかった村野藤吾建築も見ました。

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八ヶ岳資料館と小山敬三美術館。
どちらもすごく小さかったけれど、自由闊達な雰囲気が素敵でした。
悩みを感じさせない(本当は違ったかもしれないけれど)建築。

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小諸なる古城のほとりより。ナウシカレクイエム。

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遠足のノリで調子に乗って「しおり」までつくってしまいました。
久々にやったよ、二つ折りホチキス製本。

表紙つくったのはgk氏。
キャラクターは松本市のマスコット「アルプちゃん」です(アルプスが頭にのってます)。
ゆるキャラを探していたのに、意外と、かわいい。

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◆◆◆

松本市といえば、開智学校。予想の倍くらいの大きさでした。

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これぞ、あっけらかん建築。

かっこよくなくなるのを怖がっちゃだめだ〜。

2009.03.05

スーツをぬぎすてる!

別にスーパーマンになるわけじゃないですけどね。
<三大学合同講評会>と<就活>という自分のなかの二大「スーツ」イベントが終わりました。

◆◆◆
ま、李くんともろかぶりなので、ほとんどコピー&ペーストでもいいような日記です。

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<三大学合同講評会>

「東工大×藝大×東大 卒業設計合同公開講評会」は去年私も出場した安田講堂での講評会です。今年は3月1日におこなわれました。
私ほか去年の出場者は実行委員として運営にまわり、4ヶ月の準備期間を費やしたので、やっぱり無事に終わったのは嬉しい。

大変だったけれど、当日はたくさんの人たちが運営にまわってくれて、乗り切ることができました。
手伝ってくれた人には本当に感謝したいです。

ただし、実行委員としては、いたらないところや突っ込みどころは満載でした。
終わってから、とある審査員の先生にA4にしたら3枚くらいありそうなダメだしリストをいただいてしまうしまつ。(これはその先生の人のよさを表すエピソードでもありますが。)
イベントとしても、卒計講評会ばかりの昨今、これがおこなわれることがいいことだと思えるかどうか明確にできなかった弱さがあったと思います。

発表者のパワーポイントは綺麗なものが多くて、そこは、観客として、楽しませてもらいました。

◆◆◆
<安田講堂>

審査員のもっとも年長の先生が、「安田講堂はもっと大きいような気がしていました。紛争なんかがあったころはもっと大きく見えた。」とおっしゃっていました。私はその時代をみていないので、共感はできないにしても、なんとなくその感じはわかる気がします。もう、安田講堂の壇上に上ることは発表者にとってもそんなに特別な感じはしないのかもしれない。

一方で、安田講堂の中には皇室の方のご覧になる部屋があったり、安田講堂の前での演説は禁止されていたりと、どこか不気味さをともなう往時のなごりが少しはあり、時々「やはり安田講堂なんだ」と思わされるときがあります。(皇室部屋、下見のときに見せてもらえるかと期待したのですが、ダメでした。)

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鈴木先生の『東京の地霊』新装版を読んでいたら、安田講堂の話が書いてありました。
安田講堂の「安田」さんはお金を出した人で、設計した人は内田祥三という、建築学科から東大総長になっためずらしい人です。

安田講堂は、関東大震災の時にはまだつくりかけだったそうですが、他の建物が震災で一気に壊れてしまったのを機に、内田氏がよろこび勇んで(かどうか知らないが)キャンパスの建物全部を安田講堂と同じ近代型のゴシックに統一したのだそうな。(それまでは、ヴィクトリアゴシックとか古典主義とか、いろいろあった。)計画の授業で昔聞いた気もするけど…、すっかり忘れていました。

そういえば、東大の建物の柱が太いのは、佐野利器の弟子であった内田祥三が、軸組構造を強化するには部材を太くするべきだという考えの持ち主だったからです。勉強したのだけど、それも忘れてました。震災後だし、さぞかし力をいれてつくったはずで、工1号館は縦に建っているのを横にしてもこわれないと聞いたことがあります。(静力学で地震力を計算したため)

浅学のため、ゴシックの一種だとしても、東大の建物みたいな建物ってほかにあまり見ない気がします。通称「犬小屋」といわれる法科の建物の入り口とかも、なんだかとってつけたみたいで。過渡期の建物なんだなあという感じがします。

隈研吾の『自然な建築』のなかにも東大の建物の話が出てきていました。震災後、全部の建物を統一的に建て直すことになったのはいいけど、色がそろったタイルを大量に仕入れることが不可能だったため、ちょっとくらい色が違っても目立たないスクラッチタイル(ひっかいたような溝があるタイル)を使ったというお話。

へー、ですね。
まあ、それで、いわば同じ規格でつくった建物のボスだから、安田講堂はやっぱり大きく見えるわけなのですね。今でも。

安田講堂のエントランスは「犬小屋」ではなく、水平な屋根をもってますが、ここが実は皇室部屋のテラスになっているそうです。そういえば、天井に比べて外見が妙に高い。

◆◆◆
<就職活動>

書いてるうちに何書いてるんだかわかんなくなりましたが。。。就活もおわりました。
建築設計で3社受けて2社うかりました。

卒業設計を1分程度で説明するのを久しぶりに体験し、なんだか合同発表会の発表者の気分を追体験した感じです。

◆◆◆

以下、関係ない人にはまったく興味ないだろう「犬に喰わせれば」系の話なので流してほしいのですが。

就活では、とにかく他の大学から来てる人とのあまりの熱意の違いにだいぶカルチャーショックを受けました。
うちの大学はかなりのんびりしている傾向があると思うし(そうでないしっかりした人ももちろんいますが)、私もそれだったらしく、「いますぐここを立ち去りたい」「顔をあらって出直したい」思いを何度もしました。

「ポートフォリオ(自分の作品集)1冊をお持ちください」と書いてあったのでその通りにしたら、まわりの人が全員2冊以上のポートフォリオ&模型をもってきてたときとか。(基本、もってきといて、ダメだったらださない、というスタンスらしい。)

A1を10枚、といわれて、ペラペラの紙でもっていったら、周りは全員厚さ5mmはあるパネル化している上にひとによっては別紙で目次までついてたときとか。

言い出せばきりがないけど。とりあえず、だいぶテンションが違うことを1社目に落ちたときに悟り、気を引き締めて、かろうじて残りに受かった感じです。(といっても、卒計の模型は持っていくことができないほど大きかったし、即日設計は自分のつくったものを覚えてないしで、結局模型は持っていっていないんですが。ただ、状況を知らずにいくと精神的に負けてしまうので。)

とにかく、「そおゆうレースなのか?」と嫌気がさしたり(でも、実際は「レース」にならないほどデフォルトなんですよね)、それさえサラッとできない自分に嫌気がさしたり。そんなのばっかでした。

へんな汗ばっかかきました。。。

とりあえず、「え、A2のポートフォリオってA3のやつを拡大して印刷すればいいんでしょ?」という数週間前の発言は謹んで訂正させていただきます。

これから同じような就活する方にはぜひとも同じ轍は踏んでほしくないものです。

ほんと、変な汗かくから。。。

2008.12.30

師走もおわり

今年も残すところあと28時間くらいですね。

嵐の桜井くんが「おれ、出したい奴いるし」っていう甘酸っぱ系の年賀はがきCMにきゅんとしながらも、年賀状は今年も「来たら出す」方式で申し訳ないです。いただける分にはとっても嬉しいです。


◆◆◆

年賀状にしても「社会人になったら出すよ」って言ってた気がするけど、もはや「社会人」が現実に近づいていることにちょっとうろたえた12月でした。

世間の就活生と比べたら何もしてないようなものだけど、いくつか会社の説明会もあり、つたないポートフォリオをもっていったりしました。

そして、なんだかリアルに想像すると、まず、私=社会人ってありえるの?!って感じがひしひしとするのです。一人暮らしをするかもしれないし(しない確率の方が高いけど)、そしたら自炊もあたりまえだし、お金の管理も自分でしなきゃいけない。保険もよくしらないし、クレジットカードも持ったことがない。。。大丈夫かなあと。

そんな心配から、いきなり「明日引っ越しできます」ってくらい大掃除してみたり、料理つくってみたり(正直下手ですが)、お金の本を読んだり、謎の行動をしてました。

筋金いりのモラトリアムなので、就職先を決めることも大事だけど、決まったあとどう生きてくのかも、たぶんすごく考えなきゃいけないんだろうなと、やきもきしてしまうのです。

といっても、なんか初デートにおもむく男性がいろいろ妄想して不測の事態を考えてる感じに似てなくもないですが。もちろん、「社会人」に対するいい方の想像(妄想?)もいろいろしちゃってます。

結局、いろいろ考えてもおそらくはびっくりするくらい今と同じで「こんな社会人で大丈夫かな」とかいいながら、肩書きだけ社会人になってしまいそうだけど。

◆◆◆

12月は、就活はありつつも、鍋やったり、友達に餃子焼いてもらったり、人生初のスーパー銭湯・ユーラシア舞浜に友達といったり、フェルメールみたり、クリスマスにうどんすき食べたり、若干オヤジ化しつつも、しごく平穏にすぎました。

いったところで一番遠いのは、鎌倉です。

紅葉狩りに行ったつもりなのですが、「紅葉狩り」という優雅な響きに反して、息をきらして山を登ったり降りたり、切り通しを通ったり、時には紅葉が顔に吹き付けてくるハイキングでした。

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鎌倉の東の端、瑞泉寺。
円覚寺派の臨済宗(禅宗)のお寺で、夢窓疎石設計の岩庭が残っています。
夢窓疎石は鎌倉〜室町時代の禅宗のお坊さんで、京都の苔寺(西芳寺)や天龍寺の庭園も設計した人です。

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寺の後ろの崖をそのままくりぬいてつかってるのです。

鎌倉では、禅宗のお寺が多いです(禅宗の厳しい修行が武士の気風にあっていると幕府に重んじられたから)。鎌倉五山(中世禅宗の官寺制度)は、建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺。

でも、中世から残っている建物はほとんどありません。
円覚寺の舎利殿(国宝)なんかは有名ですが、行ってみたら、遠くからちょっとおがむことができるくらい(^^;

むしろ、山でも見ていた方が、気分に浸れる気がします。

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だいぶ西にいって、長谷。鎌倉大仏のライトアップはご愛嬌。
でも、なんか、コワいw

長谷寺も、ライトアップ&宝物殿が全体に銀ピカになって、びっくりする感じになってました。

◆◆◆

江ノ島の海&富士山
来年がいい年になりますように。

Fuji

◆◆◆

おまけ

ケータイで撮ったので画像が悪いですが、東京タワーの特別ライトアップ。

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このコも「なんと醜悪な」と言われた時期もあったはず。

「何かの産業の全盛期つくられたものは、その産業が廃れてから審美の対象になる」って先生がいってましたが(工場萌えとか高速萌えとか)、東京タワーも電波塔なんだった。

もうすぐ新東京タワーに地位をのっとられてしまうか、ちょっとひやひやな50歳です。

2008.11.09

写真はうまくならない。

長年にわたってニュースを報道し続けた筑紫哲也氏は最期の病床で、黒人がアメリカの大統領になったという歴史的瞬間をみたのだろうかとぼんやり思います。

朝、父親がカーラジオで「もりもとたけろうスタンバイ」というニュース番組を流しているけれど、このさき人の名前を冠したニュース番組なんてもう出てこないに違いない。

◆◆◆

ウォン・カーウェイ監督の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』という映画のDVDを見ました。
『花様年華』は大好きな映画だけど、こっちはストーリーがいまいち。

映像は綺麗でした。
上のどっちの映画にも、柱とか、並んだワインボトルとか越しに奥のものをスライドしながらとっていくカメラワークがよくでてくるのですが(ちょうど森の中を歩いているみたいに)、こころにくい。

◆◆◆

わたしの所属する研究室の近年の都市提案『ファイバー・シティ』のホームページがあることを知りました。これ。

もう卒業してしまった先輩がつくったそうですが、かなりクオリティの高いホームページでびっくりしました。
研究室自体のホームページは「クオリティ高い」じゃなくてむしろ「クオリティタカスw」の方で…。見比べてみるとおもしろいです。

ちなみに、最近なにやってるのかといえば、一週間の半分くらいは、この『ファイバー・シティ』の続編(その名も『ファイバー・シティ2』)で、「2050年の地方都市」(1は「2050年の郊外都市」です)を考える、をテーマに新潟県長岡市の調査と提案とプレゼンをやっています。
都市を考えるというのは本当につかみ所がなくて、もやもやしっぱなしです。

◆◆◆

なにがいいたいかというと、ヴィジュアルが美しいということは大切なんだなとつとに思います。
つまらないストーリーの映画だって2時間見続けることができる。

あたりまえなんだけれど、そのあたりまえがずっとできていなかったというか。最近、やっとフォトショップが人並みにつかえてきたかもしれない気がします。(遅…)レイアウトはいまだ人並み以下。

◆◆◆

写真を撮ることに関しては昔からうまくないです。

夏休みに鳥取にいったときに、植田正治写真美術館に行ってひどく感銘をうけ、

砂丘や田んぼで「植田正治風」と称して白黒写真を撮りまくったのですが、いまとなっては、「いい写真」というより「その時の異常なテンションがやたら伝わってくる写真」が大量に残りました。

ヴィジュアルの道はけわしい。

Sakyuu

◆◆◆

追記

植田正治写真美術館は高松伸の設計です。
心あらわれる正統派の「いい建築」という感じで、高松さんのイメージがちょっと変わりました。

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この椅子にすわっている人たちはなにを見ているかというと…

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こういう景色を見ています。
私の写真じゃ伝わりにくいけど、見事なフレームワーク。そして2階レベルに水盤があるっていうのも面白い。
晴れていれば大山(だいせん)が見えるそうですが、あいにくの天気でした。

◆◆◆
おまけ

島根・鳥取は高松建築の聖地です。

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温泉施設。気になる丸い部分にはお風呂がはいっています。目玉おやじのお椀のお風呂を思い出すという人がありましたが、いいえて妙。

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レム・コールハースを思わせる建築。円錐の中に茶室。

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このえづら、見たことあるある!

2008.10.31

左官魂

NHKの「プロフェッショナル」で左官の人が出ていて、桜の舞い散る模様のきれいな土壁をしあげているのを見たことがあります。

◆◆◆

左官は塗るだけじゃなくて、画家もびっくりの絵を描くことがあります。
それが「鏝絵(こてえ)」
色のついたしっくいを使って、左官仕事で仕上げたレリーフです。

マンガ「ギャラリーフェイク」(文庫9巻)で読んだことがあったのですが、先日、新潟県は長岡市に研修旅行にいって、本物をはじめて見ました。摂田屋町にある、この蔵。

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遠目にも派手な蔵ですが、近寄ってみると、こんなです。迫力の極彩色!

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鏝絵は静岡県松崎町出身の名左官・入江長八(愛称は伊豆の長八)が江戸時代中期に芸術として完成させたのがはじまりで、江戸末期から明治、大正にかけてもっとも多くつくられたそうです。

モチーフは龍や恵比寿、大黒なんかが多かったようです。ポップアートみたいなものかな。

この蔵は明治時代の創業のサフラン酒(養命酒みたいなもの)の蔵で、近所に住んでいた河上伊吉さんという左官やさんの作品だそうです。

Kura7

蔵は、横から見ると、なお豪華。十二支がモチーフになっています。

Kura3

午とか未、かっこいい。もりもりしてます。

Kura4

Kura6

戌(自分の干支)は、あれ…?

Kura5

近くに「宮崎駿作品にでてきそうな」家があったりして。摂田屋町はおもしろいところです。

Kominka

2008.06.04

かわいい…

夜の本屋の前につながれている犬。

Img_8136

◆◆◆

5月の終わりに八王子は大学セミナーハウス(吉阪 隆正・設計)に行きました。
以前に別の人と行ったことがあるので今回は2回目ですが、あらためてデザインの密度にびっくりしました。こんなに表現的なデザインが日本でうまれたということが信じられないほど。

コルビュジエの後期の作品の、最も濃いエッセンスを受け継いでいるのでしょうか。
ロンシャンもラトゥーレットも実物でみたことがないので、比較はできませんが。

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きっと、設計たのしかっただろうね。

◆◆◆

みぃこちゃんのところで昨日、学校で模型をつくってる最中に(?)みたバトンをやってみる。

こういうばかばかしいタスクっていいね。

<地雷バトン>

見た人全員やること。
絶対だからね。
嘘つきは嫌い
題名に《見ないほうが身のため》と書いてね。

ごめん、無視。

■名前は?

北村知佳子

■歳は?

ぎりぎり25。

■寝るの好き?

好き。寝るのが好きな人と、たまの休みに一緒にごろごろして遅いブランチを食べながら「びっくりするほどよく寝たね〜」っていうのがいまの夢のひとつ。

■彼氏/彼女いる?

いませんよ。

■タイプは?

ステレオタイプだけれど、好きになった人がタイプ。

■元カレ/元カノの人数は?

片手で数えられますw(たいていの人はそうだろうと思うけど。)

関係ないけど、「単位とれてるの?」と聞かれて、「両手でかぞえられないよ!」と答えた後輩のきりかえしを思い出します。

■S/M?

相手によりけり。

■今何してる?

お風呂がわくの待ってます。

■野球派?サッカ-派?

どちらも詳しくないけれど、どっちかというとサッカー。

でも、くりいむしちゅー上田の野球ネタつっこみは好きです。
(電気を何回もつけたり消したりする人に)「プロ野球8月中旬のマジックか!」とか。なんのことかよくわからないんだけれど。

■煙草吸ってる?

すってません。

■吸ってる人は種類何?

すってないって。
でも吸うとしたら、インディアンの箱かラクダの箱がいい。かわいいから。

■お酒飲める?

弱いけど。

■夜働いたことある?

塾講師は夜の仕事ですね。

■バイトしたことある?

あります。(同上)

■何才に見られる?

どうだろ?学年相応に見られたら御の字。

■ぶっちゃけ何人に告られた?

日本人(ぱくり)

■髪何色?

若干茶色。

■ピアス何個あいてる?

あけてません。

■身長何センチ?

166cm

■携帯の機種はどこ?

Docomo

◆◆◆

さて、明日は2限@柏です。おきれるかな…。

2008.06.01

夢(アメリカン・ドリームでないほうの)

もう六月なんですね。

まだ梅雨がきていないのが信じられない。もうさんざん降ったでしょうに。

◆◆◆

今日は「『環境・時間・建築』をめぐって」という講演会を聴きました。

「ファイバーシティ」大野秀敏(東京大学)/「負ける建築」 隈研吾(東京大学)/ 「密教建築」 藤井恵介(東京大学)/ 「ランドスケープ」 桜木直美(アースワークス・武蔵野美術大学)

というだいぶ不思議なコラボレーションによる、3時間半にわたる大講演会でした。

◆◆◆

隈氏に関しては、以前、「負ける建築」についての講演は聴いたことがあって、それは面白く聞いたように記憶していたのですが、今回、『負ける建築』はもう飽きたのでべつのことをと言って話したその内容は、

「アイコン」というもの。

◆◆◆

すなわち、現在圧倒的な勝率を誇るザハ・ハディドを筆頭に、選ばれる建築家が持っている「アイコン」。あるいは消費対象としての作家性。他との差異。ブランド。

隈氏はそれを「インターネットのモデルを考えたときに、検索のキーワードとなるようなもの」と言ったような気がしますが、それぞれの作家のサインです。

彼はそれを強化することの重要性を説いた上で、自分の「アイコン」は「素材感/テクスチャー」だと言いました。

びっくりした。すなわち、日本を代表する建築家の一人が学生にむかって、消費される側としての建築家の立場を説いている。単一な「アイコン」で建築を覆うことは、確実にその建築の社会的寿命を短くすると思うのですが、「『テクスチャー』というアイコンはどれほどもつと思うか」という問いに対しては、先鋭的になることでこたえていくと答えていました。それは個々の建築のアイコンの寿命ではなく、残念ながら隈研吾という建築家の社会的寿命が長らえるということにしか聞こえませんでした。

その消費構造自体になにかしようという気持ちが感じられなかったのが、悲しい。アメリカン・ドリームでない方の夢がないじゃないですか。

◆◆◆

ついでに、ビアトリス・コロミーナの「マスメディアとしての近代建築」の参照だと思うけれど、建築のマスメディア性ということを言って、「水ガラス」でのフレームワークとしての建築(ちなみに前書においては、コルビュジエのフレームワークをあつかっている)の話をしていましたが、

卒論でコロミーナ以降のマスメディア性を考えていた自分としては、話がそこで止まってしまったことが残念で、もし質問がゆるされるのなら、その先をどうとらえているのか聞きたかった。

◆◆◆

藤井先生の講演は、オイッスの力作の曼荼羅アニメーションが美しかったです。

◆◆◆

一番楽しかったのは、桜木氏(女性です)のランドスケープの話で、

全体的に自然とデザインに対する敬意の感じられる、とっても爽やかな講演でした。

ランドスケープに関してはまるまる勉強不足なので、モダニズムのランドスケープから現在に至るまでの流れをわかりやすく説明してくれたのはありがたかったです。建築をする人がこういうことを勉強しなければいかにも片手落ちだと思わされたので、折をみてきちんと勉強したいものです。

Chicago_art_south_garden_original

有名なアートらしいですが(アースワークというらしい)ロバート・スミッソンの、ユタ州の沼地につくった巨大な渦巻き状の堤(堤をつくっただけで塩によって沼の色が変わるというのは圧巻)とか、ウォルター・デ・マリアの(地中美術館に作品のあるあの人)、平原に雷を落す空間装置なんかが紹介されていて、非常に面白く見ました。

◆◆◆

現在、生活に「爽やかさ」というものが足りていない気がします。

自分の気持ちの問題です。あと、雨のためかな。

爽やかな気分に近い?かわからないけど、こんな曲をきいてみました。(from 真魚ちゃん)

今年のユーロビジョン優勝者(ロシア)の準決勝の時の映像

これって、もしかして、ヴォーカル、ヴァイオリン、アイススケーター(!)、のトリオなんですかねww 最後の締めにちょっと笑ってしまいました。さすがロシア。

2008.04.27

もやもやよもや

土曜はスタジオで、日帰り名古屋(郊外)。

ゴジカラ村という、高齢者と若者の多世代交流などをテーマに、福祉施設としてはかなり先進的(?)な取り組みをしているところです。

夜はそこのおいちゃんたちと一緒にイノシシ鍋。
沖縄のおじいもそうだけど、おいちゃんたちの話をきくのはおもしろいです。難しいこと言ってもしょうがない。東大生はだいたい役人になると思ってる。そして役人がきらい。そんなおいちゃんたち。

「そこらへんで落ち葉を200枚くらい拾ってポケットにいれて、ためしにいろんなところでまいてみな。」といわれたのが印象的でした。落ち葉が畳の上にちょろっと落ちて入り込んでも、「ああ、風流だね」で済んでしまうけど、電車のなかに落ちてたら確実にゴミ。すぐ捨てられる。「落ち葉が、ゴミになってすぐ捨てられるとこっていうのは、ほんとはおかしいのよ。」とおいちゃんは言います。「落ち葉」っていうのは、世の中の役に立たないお年寄りたちのこと。

あと、中村勉先生が言っていた、「お年寄りには、子供や若者はチャボなんだよ」っていう言葉。縁側で見てる、あのチャボ。

◆◆◆

ひさしぶりに髪をきりました。
美容院のお兄さんは、最近赤ちゃんが生まれたばかりのニコニコした人で、すご〜く癒し系。

私は自分の本とファッション雑誌と半々くらいに読んで、ドライヤーの熱でうとうとするのが常ですが、なにをしていても気にならずにいてくれるのがいいなと思います。

「難しそうな本読んでいますね。」
「ええ、何かいてあるかゼンゼンわかんないんです。」
みたいな。

「今日はこのあと、どこかに行くんですか?」って聞かれて
家に戻りますって言ってるのに、最終的には必ずワックスをつけてセットをしてくれる。

家にワックスつけて帰ってもな、と思うのだけど。

恋人がいるときならば、用もなく呼び出してみせびらかしても楽しいだろうけどね。

誰かが言っていた「友達と恋人の違いは、自分の変化に気づいてほしいかどうか」だって。

それとはやや違うけど、「髪きった」とか「服の組み合わせがうまくいった」とか「クレープ食べたい」とか、ほんと〜にミニマルな思いつきの用事で遊べる人が「恋人」だと思っていて(「ちがうでしょ!」っていわれそうだけど)

最近はしょーもないこと思いついちゃったときは、どうしましょって感じになっています。それがちょっと寂しい。

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後輩が東京カテドラルにいくというから、丹下健三さんへの磯崎さんの弔辞があるといったら、今はもう展示していないとのこと。

弔辞を読むこと自体がそもそも少ないけど、これはいままで聞いたどの弔辞よりもすばらしいし、ずっと展示しておいてほしかった。

いろいろな人がいる(建築関係以外も)中で読まれた弔辞だから簡単な言葉で、とか、死者を悪くはいえないとか、さまざまな配慮があるだろうけど、

それでもなお、胸をうたずにはいない本音らしさがあって。そして、磯崎さんがこれを書いたということに、私はびっくりしてしまいます。

丹下健三先生 弔辞

2008.04.04

院生生活は旅行とともに始まった

この間卒業したと思ったら

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(これは卒業式の謝恩会@青山。みんなかわいかったな〜。)

もう新学期&入学式です。感慨にひたる間もない。

◆◆◆

3月の終わりに、研究室旅行でした。いわゆる「追いコン」というやつが、私の所属するO研では旅行なのです。
O教授の足跡をたどる旅@飛騨・高山(先生の出身地が岐阜。)

Img_7829

高山市の吉島家住宅。明治期の商家(町家)で、重要文化財です。
チャールズ・ムーアが「自分が見たうちでは最高の日本建築である」と激賞したといわれます。

面白いことに、実はこの町家、隣に規模もつくりもそっくりな町家が建っているのです。
でも、そっくりなのに、ぜんぜんよくない。
それは、誰もがはっきりわかるくらいの優劣なのですが、「なんでだろう…」と思うとはっきりこれとは断言できない。おそらく柱のプロポーションや細部のつくりこみの問題でしょうが、不思議なものです。ちょっと考えさせられます。

◆◆◆

雨は降ってるし、山のなかだし、寒いことこの上なかったです。
東京じゃ桜が満開だというのに、いきなり2ヶ月前にトリップした気分でした。

◆◆◆

最悪なことに、私はいままで自分の先生なのにO教授の設計したものというのを、あまりちゃんと見たことがなかったのです。が、今回は、それが見られてよかった。

いつまでも冒険心があるなあ、というのにまずびっくりしました。デティールがきれい。

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コンクリートの模様と、ガラスの模様がおんなじ。

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おまけ。

研究室旅行の夜は当然宴会なんですが、どんなノリなのかとおもっていたら、(半分予想通り)U助手のむちゃぶりカラオケ大会でした。

これは、「一緒にドリカムを歌おう」と誘っておきながら、自分は「ベースだから」といっさい歌わず、プリティーな技官Y崎さんに歌わせるU助手の図。エアベースが…。

Img_7852

送り出されるはずのM2はひたすら5人でSMAP(U助手指名。たぶん5人だからというだけ。)を歌わされ。がんばってました。

最後は「あおげば尊し」の大合唱で終了。M2の先輩がいなくなってしまうのは、さみしいなあ、とすごく思いました。それぞれキャラのたった人たちで、もっといろんな話をききたかったし、この旅行みたいに遊んだりしたかったな。

2年はきっとものすごく早く過ぎそうです。ぼーっとしてても過ぎるし、忙しくしてても過ぎる院生生活。具体的な計画はまだあんまりないけれど、充実させていきたいです。

2008.03.21

ガーディナーさん

新宿のお茶漬けBAR ZUZUに行きました。

お茶漬けまでBARになってるとは知りませんでした。面白いですね。

ちょっと見ただけじゃわからないにじり口みたいな入り口とか、ちょっと隠れたスキップフロアとか、「萌え(そうな)パーツ」がすでに用意されているので、オサレ空間は加算によってできてしまうようでした。

◆◆◆

日光東照宮のすぐ足下に、こんな教会があります。

Img_7733

プロポーションにはキッチュな雰囲気もあるけど、しっかり石を積んでつくってる迫力がある。
新しくはなさそうだけどものすごく古くもなさそう。
なんだか不思議なもんだな〜、と思って近づいてみました。

Img_7735

入り口にこんな立看板。

Img_77341

1914年にできたのですね。
重々しい石造りなのに、どことなくあどけないキッチュな香りがするのは、アメリカ由来のものだったのか、と思いました。

もはや安山岩ってなんだっけという感じですが…「新幹線は刈り上げ」だから火山岩。光沢のない緻密な石。

鹿沼石(別名、深岩石)は大谷の隣の鹿沼産の石で、大谷石と同じく凝灰岩。テクスチャーは大谷石に似ているけれど、強度は大谷石よりは高いらしいです。

◆◆◆

ジェームズ.Mc.ガーディナーさんは立教の教師として来日して、日本で建築事務所を開きました。

同級生の卒論にちらと出てきた気もするけれど、私は浅学ゆえに存じ上げず。多くの建物を設計しているのに驚きました。(現在残っているのは国の重文3棟を含め、40棟ほど。こちらにリストがのっています。)

Img_7732

「日本におけるアメリカ建築の状況に触れると、開国当初に下見板コロニアルや木骨石造コロニアルが栄えるが、本格的な歴史主義の時代に入るとヨーロッパの陰に隠れてしまう。そうした日陰時代にからくもアメリカが生息したのは、アメリカ系ミッションーキリスト教伝道ーの囲い込まれた敷地の中で、学校と教会がつくられている。設計者はいずれも宣教師だが、ガーディナーだけは、独学でちゃんと建築を学び、設計事務所も開いている。」(藤森照信、「日本の近代建築」)

この教会には、日光が好きだったガーディナーさんのお墓があります。

◆◆◆

詩は人の考えるように感情ではない。
詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。
詩はほんとうは経験なのだ。
1行の詩のためには、あまたの都市、あまたの人々、あまたの書物を見なければならぬ。
あまたの禽獣を知らねばならぬ。
空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、朝開く小さな草花のうなだれた羞らいを究めねばならぬ。
まだ知らぬ国々の道。思いがけぬ邂逅。遠くから近づいて来るのが見える別離。
—まだその意味がつかめずに残されている少年の日の思い出。
喜びをわざわざもたらしてくれたのに、それがよくわからぬため、むごく心を悲しませてしまった両親のこと(ほかの子供だったら、きっと夢中にそれを喜んだに違いないのだ)。
さまざまな深い重大な変化をもって不思議な発作を見せる少年時代の病気。
静かなしんとした部屋ですごした一日。
海べりの朝。海そのものの姿。
空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の夜々。
それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
いや、ただすべてを思い出すだけなら、実はまだなんでもないのだ。
一夜一夜が、少しも前の夜に似ぬ、夜ごとの閨の営み。
産婦の叫び。
白衣の中にぐったりと眠りにおちて、ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。
詩人はそれを思い出に持たねばならぬ。
死んでいく人々の枕もとについていなければならぬし、明け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で死人のお通夜もしなければならぬ。
しかも、こうした追憶を持つだけなら、一向なんの足しにもならぬのだ。
追憶が多くなれば、次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。
そして、再び思い出が帰るのを待つ忍耐がいるのだ。
思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。
追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、名前のわからぬものとなり、もはや僕ら自身と区別することができなくなって、初めてふとした偶然に、一編の詩の最初の言葉は、それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかりうまれてくるのだ。

リルケ「マルテの手記」より

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