夢(アメリカン・ドリームでないほうの)
もう六月なんですね。
まだ梅雨がきていないのが信じられない。もうさんざん降ったでしょうに。
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今日は「『環境・時間・建築』をめぐって」という講演会を聴きました。
「ファイバーシティ」大野秀敏(東京大学)/「負ける建築」 隈研吾(東京大学)/ 「密教建築」 藤井恵介(東京大学)/ 「ランドスケープ」 桜木直美(アースワークス・武蔵野美術大学)
というだいぶ不思議なコラボレーションによる、3時間半にわたる大講演会でした。
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隈氏に関しては、以前、「負ける建築」についての講演は聴いたことがあって、それは面白く聞いたように記憶していたのですが、今回、『負ける建築』はもう飽きたのでべつのことをと言って話したその内容は、
「アイコン」というもの。
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すなわち、現在圧倒的な勝率を誇るザハ・ハディドを筆頭に、選ばれる建築家が持っている「アイコン」。あるいは消費対象としての作家性。他との差異。ブランド。
隈氏はそれを「インターネットのモデルを考えたときに、検索のキーワードとなるようなもの」と言ったような気がしますが、それぞれの作家のサインです。
彼はそれを強化することの重要性を説いた上で、自分の「アイコン」は「素材感/テクスチャー」だと言いました。
びっくりした。すなわち、日本を代表する建築家の一人が学生にむかって、消費される側としての建築家の立場を説いている。単一な「アイコン」で建築を覆うことは、確実にその建築の社会的寿命を短くすると思うのですが、「『テクスチャー』というアイコンはどれほどもつと思うか」という問いに対しては、先鋭的になることでこたえていくと答えていました。それは個々の建築のアイコンの寿命ではなく、残念ながら隈研吾という建築家の社会的寿命が長らえるということにしか聞こえませんでした。
その消費構造自体になにかしようという気持ちが感じられなかったのが、悲しい。アメリカン・ドリームでない方の夢がないじゃないですか。
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ついでに、ビアトリス・コロミーナの「マスメディアとしての近代建築」の参照だと思うけれど、建築のマスメディア性ということを言って、「水ガラス」でのフレームワークとしての建築(ちなみに前書においては、コルビュジエのフレームワークをあつかっている)の話をしていましたが、
卒論でコロミーナ以降のマスメディア性を考えていた自分としては、話がそこで止まってしまったことが残念で、もし質問がゆるされるのなら、その先をどうとらえているのか聞きたかった。
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藤井先生の講演は、オイッスの力作の曼荼羅アニメーションが美しかったです。
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一番楽しかったのは、桜木氏(女性です)のランドスケープの話で、
全体的に自然とデザインに対する敬意の感じられる、とっても爽やかな講演でした。
ランドスケープに関してはまるまる勉強不足なので、モダニズムのランドスケープから現在に至るまでの流れをわかりやすく説明してくれたのはありがたかったです。建築をする人がこういうことを勉強しなければいかにも片手落ちだと思わされたので、折をみてきちんと勉強したいものです。
有名なアートらしいですが(アースワークというらしい)ロバート・スミッソンの、ユタ州の沼地につくった巨大な渦巻き状の堤(堤をつくっただけで塩によって沼の色が変わるというのは圧巻)とか、ウォルター・デ・マリアの(地中美術館に作品のあるあの人)、平原に雷を落す空間装置なんかが紹介されていて、非常に面白く見ました。
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現在、生活に「爽やかさ」というものが足りていない気がします。
自分の気持ちの問題です。あと、雨のためかな。
爽やかな気分に近い?かわからないけど、こんな曲をきいてみました。(from 真魚ちゃん)
今年のユーロビジョン優勝者(ロシア)の準決勝の時の映像。
これって、もしかして、ヴォーカル、ヴァイオリン、アイススケーター(!)、のトリオなんですかねww 最後の締めにちょっと笑ってしまいました。さすがロシア。

あ,今のM1は桜木さん知らないんかな?
キシダ先生の助手をされていてお世話になったなぁ.
投稿 munemas | 2008.06.01 16:36
そうなんですか!
直接はしゃべっていないですけれど、知的で素敵な女性ですよね。
投稿 ちか | 2008.06.02 01:07