日々の泡
誕生日に本をもらったことはほとんどなかったけれど(中学の時にM.C.エッシャーの画集をもらったことがあるけれど)
今年に限って、3人の人から3冊の本をもらいました。
・「日々の泡」 ボリス・ヴィアン・著
・「サマー/タイム/トラベラー」新城カズマ・著
・「ドガ ダンス デッサン」 ポール・ヴァレリー・著
もらってわかったけれど、本をもらうっていいものですね。
私の趣味を考えて選んでくれたんだろうな、というのも嬉しいし、全然知らなかった面白い本を読むきっかけとしては最高です。
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1冊目、フランスの幻想小説「日々の泡」を読みました。
表紙が、ベン・シャーンの絵なので、すでに期待大。
帯には「20世紀の恋愛小説中、もっとも悲痛な小説」と書いてあります。
すごく変わった書き方をされているお話です。超現実的というか。ブラック・ユーモアというか。
ジャン・ポール・サルトルの「嘔吐」をまねて、作中に、ジャン・ソオル・パルトルという作家が出てきて、『嘔吐百科』を書き、さまざまな嘔吐の標本を持って講演会をしたりします。
スケート場では、人々がぶつかり合い、転倒し、轢かれてバラバラになってしまった死体を、清掃係が退屈そうに片付けています。
この感じ、なにかに似ている。
脳内を検索してわかったのは「マザー・グースの歌」でした。
ジャックが頭を割ったり、クックロビンが殺されたり、すごく残酷なのに、外国の子供がこれを平気で歌っているということが、子供のころは理解できなくて、絵本を読んでいてすごく不気味でコワかったのを覚えています。(思えば、日本のわらべ歌だって残酷だったわけですが。)
とりあえず「これはこの世界ではアリなんだな」という了解の元に残酷さと滑稽さを受け入れるような感覚。遊戯というか、訓練というか。
その、不気味なオブラート越しに見る世界のなかで、主人公とその友人の3組の恋人たちだけが、理解できる純粋で透明な存在として浮き上がるように描かれているので、
虫が暗闇の中の蛍光灯に集まるように、いつのまにか惹かれてすいよせられてしまう。
お姫様はお姫様であるような、おとぎ話の要件をはじめから備えているわけです。
けれども、「もっとも悲痛な」とあるように、透明な主人公たちは、読み進むほどに不気味な地の世界にかき消されていきます。
言うなれば、いまにも死にそうになって、どんどん冷たくなっていく小鳥を手の中で必死で暖めてあげるのだけれど、やっぱりそれでもどんどん冷たくなっていってしまうような、そんな思いをするお話。
小説を読んだのが実に1年ぶりくらいですが、もっと小説をよみたくなりました。

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