2008.05.15

青い鳥の居場所

疲れているとき、あせっているとき、本当に手がつけられない。デフレスパイラルとはこのこと。

昨日本郷のスタジオの中間だったので、グロッキーになりながら柏のスタジオのエスキス。その後、ぐったりと電車に乗って、気づいた時には、パソコンのバッグがありませんでした。

めちゃくちゃあせって、方々の交通機関に落し物の届出をし、なきそうになりながら家にかえって携帯を見たら、友達がもってかえってくれたとの連絡がありました。

青い鳥は、家にいるんでしたね。

◆◆◆

KちゃんとGドンが偶然おんなじ英会話のクラスだったという話を聞いて「わあ、かわいそう~」なんて気楽なコメントをしていたら

私も英会話のクラスがN岡氏といっしょだったのでした。

グループディスカッション、といわれて、笑い→脱力。

何で、いつでもしゃべれる相手と英語で会話するはめに。

◆◆◆

でも、英会話のクラスを受けて思うのは、留学生と話してる方が面白いなあと。

例えばこんなとき↓

同じ研究室のフランス人Jが、中間講評中に書類をとりにきました。

書類をあずかっているY崎さんは、そのとき中間講評に出席していたので、

「いま、書類を渡すことはできますか。」と聞いたら、

「抜け出せなくはないけど…。『急ぐの?』って聞いて。」

…『急ぐの?』?

この言葉の、短いながらニュアンスを伝えることのなんという難しさ。

とりあえず英語で『待てる?』というようなことを聞いたような気がしましたが、

いまだに納得のいく答えがわかりません。模範解答プリーズ。

◆◆◆

柏にいくときは電車に乗っている時間が長いので車内広告がやたら目に付きます。

最近のお気に入りはゴルゴ13とネスカフェの缶コーヒーのコラボの広告。

「うまいかだと?愚問だ。」

「ほんとうの仕事とは、こういうものだ。」

「きみはなぜ、喉が渇いていないのに、飲むのか。」

しぶくていい。

去年のGWの、「必殺仕事人」のパチンコの広告「GWは仕事だぜ!!」以来の名コピーではないかと思っています。

◆◆◆

また、千代田線で見たこんな広告。

「愛してると伝えた返事が、

なかなか返ってこない私にも、

必ずかえってくるものがある。

ありがとう。」

良くは覚えていないけど、こんな広告。キャッシュバックサービスについていってるらしいのですが、なんというか、言っていることの前半と後半のギャップにびっくりします。そんなまとめでいいのか?というような。

◆◆◆

中間につぐ中間。火曜も中間、金曜も中間。

とりあえず寝よう。

2008.05.12

なにもない

雑誌でOMAのボルドーの住宅のすばらしさを鑑賞していたら、一日がおわりました。

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車いすのご主人と奥さんのための家で、「三つの家をつなげたもの」といいます。地下は半分うまったプライベートスペース、1Fはガラス張りでキッチンなどが入り、2Fは個室。

家の真ん中を、扉もなにもないリフトがつらぬいています。

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◆◆◆

中間講評に出すものが、なにもない。

「なにもない」「なにもない」と言っていると、それがいつしか頭の中で曲になってまわります。

こんな曲を覚えていたことが、自分でびっくりですが。

B'zの稲葉サンのソロアルバム「マグマ」のなかにはいっている、「なにもないまち」。

上のリンク先のYou Tube だと、5:08あたりから入ってる曲ですが、歌詞はこんなの。

♪なにもないなにもないなにもないなにもないまちじゃ
あるいてもはしってもないてもどこにもたどりつけない
なにもないなにもないなにもないなにもないまちじゃ
あれもないこれもないそれもないここにいるイミがない

…これがサビ。なかなかひどい曲です。やっぱりB'zはソロにならなくていい。

でも、今の状況にぴったりです。はう〜。

◆◆◆

卒業設計で辛かったころに友達が送ってくれたのは、バンプ・オブ・チキンの「才脳人応援歌」

そのときは、「むしろ暗くなるわ…」と思ったのですが、今はなぜこれが「応援歌」なのかわかる。

2008.05.11

ロマンティックあげるよ

遅くおきた朝。母親が「ごはん、ごはん」とやたら呼ぶので、なにかと思ったら、こんなのができてました。

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よくみたら、パンと卵と果物と漬け物っていう、まったくいつもの朝ご飯なのに、ワン・プレート風にしたのを見せたかったらしい。

ご飯をつくってもらっている身としてはリップサービスを惜しんではいけないところなので、「おしゃれだね」「カフェみたいだね」といったら、うれしそうにしていました。

◆◆◆

でも、こういうことで逆に感ずるのは、日本人というのは食器に関してひどく保守的な国民なんだろうなということです。

だって、「マイ・箸」だの「マイ・茶碗」だの「マイ・カップ」だの、こんなにマイ・食器を主張する国民が他にそんなにあるんでしょうか。

マイ・茶碗が割れたら、それだけで食事が落ち着かないったら。

「枕がかわると眠れない」ように「食器がかわると他人の食卓」になってしまう。食器の威力はすごい。

一方で、プレートひとつで「カフェ飯」と言い張ることも可能(?)なのです。

◆◆◆

それにしても、どうでもいい些細なことで日常をセレブレートしたがるところは、やっぱり私の母親なんだと時々思います。

私の文庫本がこんなことになっていました。

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こどもの日の柏モチの包み紙がとても可愛らしかったので、捨てるのにしのびなく、なんとなくそこにあった本にまいてみたとのこと。

「子供の日・スペシャル・ブック・カバー☆」らしいです。

◆◆◆

イベントというのは、なんということはないことがらに、相当に方向付けられた想像力を集中的に導入することだとおもっていて。

なんとなくシュルレアリスティック。

◆◆◆

子供の日といえば、私はふらっと明治神宮にいきました。

明治神宮宝物殿(大江新太郎設計、大正10年)

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この建築のおもしろいところは、ギリシア神殿が木造から石造へと変化したように、日本の木造も石造(あるいは鉄筋コンクリート造)へと変化することが可能であるとする伊東忠太の「建築進化論」を形にしているというところです。

鉄筋コンクリート造、表面は石。でも、校倉造り。というユニークな建物です。

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エンタシス(円柱のふくらみ)をもった柱の列。

門の上の鬼なんて、今見るとディズニーの魔人みたい。ユーモラスに見えます。

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こいのぼり☆

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2008.05.07

君のスカートの模様 部屋の壁紙にしよう

GWも終わりですね。でも、1週間くらい休んだような気がします。設計…ah…。

◆◆◆

前回の日記で、「磯崎さんの建築に入ったのはじめて」と書きましたが、

実は、御茶の水スクエア(現日大ロースクール)がありました。正方形の窓がまぶしい建物です。

◆◆◆

休みといえば、マンガを読みながらごろごろするのが至福なのですが(←だめだめ)

今回、ひさびさに面白いマンガにめぐりあいました。

jaclineに勧められた「聖☆おにいさん」(セイント・おにいさん)です。

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いわずと知れた世界で最も有名な聖人2人・ブッダとイエス・キリストが、バカンスと称して下界におりてきて、立川でルームシェアし、聖人であることを隠しながら成人(おにいさん)としてすごしている、というマンガです。

お金に細かくて、真面目で、ちょっとオカンっぽいブッダ。
子供っぽくて、好奇心旺盛で、わがままな、イエス。

密かなマイ・イメージと照合して、「あーぁー、そんな感じ!!」と激しくうなずきたくなります。

そこここにちりばめられているコネタがまたたまらない。
「涅槃って!」「アガペーって!」
笑いすぎて、jaclineに夜中に電話しようかと思ったくらい。おすすめです☆

◆◆◆

そして、同じくらい、「これは!」と思う映画にあいました。

最近、映画に関しては「不感症かな〜」などと思っていたのですが、これは本当にひさびさに面白かった。恵比寿ガーデンシネマでやっています。

ダージリン急行

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なんといっても、曲とセットが美しい。
特に、電車の内装や、小物や、服の凝り方はすごいです。

ストーリーは、一言でいうならば、ばらばらになっていた3人兄弟が、ダージリン急行にのってインドを旅するというもの。

「インドに行った人はインドを大好きになるか大嫌いになるからしいよ」と友達がいっていたのですが、

まだ見ぬインドという国に好感を抱いていても、

ときにバックパッカーなど旅の好きな方々の「インドを好きでないやつは人生損している!」的な過剰なまでのインド好きっぷりには、ついていけるかどうかといわれたら自信ないわ…というような、

なんとなく中途半端かつ揺れやすい心境にしっくりくるような、そんなテンションで終始つらぬかれています。

そして、笑い/コメディーの間にはさまれた哀しみというものに、人はどうしてこうまで無防備に感じいってしまうのか…。

エイドリアン・ブロディー、素敵。

◆◆◆

同じガーデンプレイス内で、写真美術館の「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」という展覧会もみたのですが、それについてはまたいずれ。

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完全に先輩のIさんの影響で、シュルレアリスム関連の書籍を何冊か読んでいたため、思うことはいろいろあったのですが(シュルレアリスムはプチ・流行というか、同じスタジオ内では勉強している人が多いような)

シュルレアリスムが何か知ることで、いままで頭のなかにバラバラに入っていた、あまたの画家や思想がある程度整理されたことはうれしかったのですが。

結論からいえば、私は設計とか思考に発展させることはあまりできませんでした。それ以上続かない。

ので、マイ・ブームはあっけなく、展覧会とともにさっていきました。

◆◆◆

いま、明日提出の宿題で、めちゃくちゃひさびさに、統計の問題を解いています。

t検定とか…、駒場に戻った気分です。

2008.05.03

酔いどれ天使

院生飲みの酔いものこったまま、ほぼ徹夜でレジュメをしあげ、午前は柏のスタジオに出席。
その後、ひさしぶりのM事務所で模型をつくろうとしたら、しょってからざっくり手を切りました。ジーザス。

6時間に30分の睡眠で十分な人(フラーのダイマキシオン・スリープ)になりたい。

◆◆◆

M事務所の近くの渋谷の「新鮮組」というコンビニでは、「スパムおにぎり」という手作りおにぎりをうっていて、何種類かあって(むしろ他の具はなくて)、模型仲間の間では静かなブームです。

私は断固として食べていないのですが、おいしいらしい。
「沖縄風」だと味のしない黄色い物体が入ってるらしい。

◆◆◆

30日、レム・コールハースが群馬は高崎に来るハースというので、見に行ってきました。まわりは4年生、院生ともいつも見る顔ばっかりでした。宣伝があまりに少なかったためか、他大学の建築学科生は少いように見えました。

「ERASED UTOPIA 1968-1973」 磯崎 新へのインタヴュー 
オランダの建築家レム・コールハースと美術評論家のハンス=ウルリッヒ・オブリストが磯崎新に建築についてインタヴューします。

という、すごく不思議な企画。けれど、ハンス・オブリストは欠席で、ビデオでした。
同時代をいきてきた人たちなんだな〜、と思いました。

「行動主義」に、レムが講演会のあと、「僕は恥ずかしい。この講演会は金のためにやったんだ。」といった、というようなことが書いてありましたが、この講演会の後にはなんていうんだろう、とぼんやり考えました。

群馬県立近代美術館。磯崎さんの建築に入るのはじめて。つくり込んであっていい空間でした。

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◆◆◆

畑の中の古墳の、明るい緑のどかなたたずまいがよかった。

高崎って古墳が多いらしい。

◆◆◆

夜に、ちょっとびっくりする光景をみました。ニュースなんかではさんざん流れたんでしょうが。

深夜に、ガソリンスタンドに長蛇の列をなしてならぶ車…。

しかも半分くらいのガソリンスタンドはもう売り切れで営業を停止してしまっているのが、なんとなく、ゴースト化したみたいでそらおそろしいのです。

今回はただ税率が復活しただけですが、「オイルショックがおこったらこうなんだろうな」というような想像があまりにもリアルにできてしまうような。

おそらく生きているうちに「石油がなくなる日」に必ず遭遇するのだ、ということをいまさらながら思い出しました。トイレットペーパーを買いに走った主婦達を全く笑えない。たぶん、わたしも情報におどらされて、へんなものでも買っちゃうだろうな。

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2008.04.27

もやもやよもや

土曜はスタジオで、日帰り名古屋(郊外)。

ゴジカラ村という、高齢者と若者の多世代交流などをテーマに、福祉施設としてはかなり先進的(?)な取り組みをしているところです。

夜はそこのおいちゃんたちと一緒にイノシシ鍋。
沖縄のおじいもそうだけど、おいちゃんたちの話をきくのはおもしろいです。難しいこと言ってもしょうがない。東大生はだいたい役人になると思ってる。そして役人がきらい。そんなおいちゃんたち。

「そこらへんで落ち葉を200枚くらい拾ってポケットにいれて、ためしにいろんなところでまいてみな。」といわれたのが印象的でした。落ち葉が畳の上にちょろっと落ちて入り込んでも、「ああ、風流だね」で済んでしまうけど、電車のなかに落ちてたら確実にゴミ。すぐ捨てられる。「落ち葉が、ゴミになってすぐ捨てられるとこっていうのは、ほんとはおかしいのよ。」とおいちゃんは言います。「落ち葉」っていうのは、世の中の役に立たないお年寄りたちのこと。

あと、中村勉先生が言っていた、「お年寄りには、子供や若者はチャボなんだよ」っていう言葉。縁側で見てる、あのチャボ。

◆◆◆

ひさしぶりに髪をきりました。
美容院のお兄さんは、最近赤ちゃんが生まれたばかりのニコニコした人で、すご〜く癒し系。

私は自分の本とファッション雑誌と半々くらいに読んで、ドライヤーの熱でうとうとするのが常ですが、なにをしていても気にならずにいてくれるのがいいなと思います。

「難しそうな本読んでいますね。」
「ええ、何かいてあるかゼンゼンわかんないんです。」
みたいな。

「今日はこのあと、どこかに行くんですか?」って聞かれて
家に戻りますって言ってるのに、最終的には必ずワックスをつけてセットをしてくれる。

家にワックスつけて帰ってもな、と思うのだけど。

恋人がいるときならば、用もなく呼び出してみせびらかしても楽しいだろうけどね。

誰かが言っていた「友達と恋人の違いは、自分の変化に気づいてほしいかどうか」だって。

それとはやや違うけど、「髪きった」とか「服の組み合わせがうまくいった」とか「クレープ食べたい」とか、ほんと〜にミニマルな思いつきの用事で遊べる人が「恋人」だと思っていて(「ちがうでしょ!」っていわれそうだけど)

最近はしょーもないこと思いついちゃったときは、どうしましょって感じになっています。それがちょっと寂しい。

◆◆◆

後輩が東京カテドラルにいくというから、丹下健三さんへの磯崎さんの弔辞があるといったら、今はもう展示していないとのこと。

弔辞を読むこと自体がそもそも少ないけど、これはいままで聞いたどの弔辞よりもすばらしいし、ずっと展示しておいてほしかった。

いろいろな人がいる(建築関係以外も)中で読まれた弔辞だから簡単な言葉で、とか、死者を悪くはいえないとか、さまざまな配慮があるだろうけど、

それでもなお、胸をうたずにはいない本音らしさがあって。そして、磯崎さんがこれを書いたということに、私はびっくりしてしまいます。

丹下健三先生 弔辞

2008.04.22

でかい〜。

田園都市線で座って本を読んでいたら、いきなり影がおちてきて、手元が暗くなりました。
なんだろう?と見上げたら、そこには、


ホンジャマカの石塚。

影もできますわな。

びっくりしました。
手ぶらに、ハンカチだけもっていました。今日は結構寒かったのに、黒いタンクトップで、「マラソンしてきたの?」というくらい汗をいっぱいかいて。

ニコニコしてるイメージでしたが、さすがに笑ってませんでした。(一人で笑ってたらあぶない人ですね。)

ううむ、ビッグネス。

2008.04.21

薬師寺展@上野

平城遷都1300年記念「国宝 薬師寺展」

女友達2人といってきました。(20代の女子的には行き先が仏像っていうのもナンですが。)

月光月光菩薩像や聖観音が明るい光のもとでまじまじと背中までながめられるなんて、もう一生ないでしょう。少しでも好きならば、マスト・ゴー、だとおもいます。

展示スペースのつくり方が秀逸でした。天井の高い空間に、いっけん無造作に展示品がおいてあったり、スロープを上りながら、あるいはスキップフロアの上から、さまざまな角度から仏像を見られるのもいい。

みんな広い空間の中で、仏像の周りをうろうろしたり、見入ったりしていました。私たちはそれぞれの仏像のあたりで30分はうろついていたのではないかと思います。

◆◆◆

聖観音菩薩

今回の展示のMVPをあげるなら、私はこの像です。
凡人から見ても、何のフィルターもなしに美しいと思えるし、飽きない。
繊細でありながら緊張感がある、という言葉がぴったりなのです。

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よい姿勢はヘソの下に力をいれる、とかなんとかいいますが、そんな感じ。ドンとした迫力の量感ある下腹部に力があります。(ただし出腹ではないのです。日光月光菩薩が、腹や首に深々とした線をもつのに対して、この観音様はいっさい肉体のしわがありません。胸が少しふっくらしている程度です。)
横から見ると、この腹はなおさら緊張感と量感をもって訴えてきます。

左右の均衡。金属の質感を残した柔らかくも固くもあるような布の動き。後れ毛も美しい髪。金属の張りがきもちがいい。

今まで(そんなに数多くの仏をみたわけでもないですが)、どちらかと言えば、金属より木の仏の方が美しいものがあるイメージがあったのですが、今回、見解をかえました。

木の仏のやわらかさは優しすぎるような気がします。布の表現など、消え入りそうにたおやかで、本当に綺麗だと思うことがありますが、乱暴に言ってしまうなら、ラファエロの聖母子とダヴィンチの聖母子、みたいな。

木の仏像は、どこまでも優しく甘く清らかなラファエロの聖母に似ています。
金属の仏像は、美しいながら厳しさと知性のあるダヴィンチの聖母に似ています。

金属という材料はすごいな…ということを考え、この仏像をつくった人のことばかり考えてしまったあたり、やはりうちらには信心がない。あるいは、暗い堂のなかから引っ張りだされて、スポットライトを当てられてしまうと、仏様もそう見えてしまうということかもしれません。

この仏像は、悲運の皇子、有間皇子の姿だという伝説があるそうですが、そういう俗な伝説もわきそうな位の美男子でもあります。
マンガ「天上の虹―持統天皇物語ー」をよんだ人(いるのかしら?)ならば「有間さま」と言われて、「ふふ☆」と思っちゃうでしょう。

◆◆◆

日光、月光菩薩

思ったより、ずっと大きかった。聖観音はだいたい等身大くらいでしたが、その二倍はあったのではないでしょうか。

ビッグネス。

二体いると、それだけですごい迫力。

右側の日光の方が、やや締まりのある優しいお顔をしています。

そして、体が本当に「肉」なことにびっくりします。

背中の方から、まるまるとお腹にきざまれたしわをながめる角度がいちばんすごい。二の腕のぶにぶにの触感まで見えるし、金属の光り方ではない鈍い光を放っている気が。しかも、三メートルを超す、肉の塊なのです。(グロい言い方ですが)

布やお顔に関しては、聖観音の方が巧くできていますが、この肉感はすごい。そして面白いポーズ。(すごいがに股であられます☆)

時代に関しては諸説あるようですが、この「肉感」を見る限り、聖観音よりは後につくられていそうだし、「聖観音は白鳳末期的、薬師三尊は天平初期的」という説にうなずきたくなります。

聖観音の方が一種の固さがあることは誰が見ても思うだろうし、だからこそ清らかなのかな、と思います。

◆◆◆

水煙

薬師寺東塔のてっぺんについている透かし彫り。展示してあったのは、そのレプリカです。(あたりまえですが。)普段は塔のそばに展示してあるもの。

高校時代、この水煙に関するエッセイを国語の時間に読んだ、と友達に言われて思い出し、気になって調べてみたら、

福永武彦の「飛天」というエッセイでした。

水煙に透かし彫りされているいくつかの飛天のうち、笛をふいている飛天について思いをめぐらし、古代の音楽の幻想をみるという内容でした。

でも、確かに飛天たちの姿を通して空を見るというのはロマンチックなところがあります。

水煙の 天つ乙女が 衣手の ひまにも澄める 秋の空かな 會津八一

そばに、でっかい露盤(水煙の下の部分)が無造作に展示されてるのが、面白い。細工のこまかさの点では対照的。この置き方は、なんだか大英博物館的です。

◆◆◆

吉祥天

最後だし、疲れてしまって、正直、あまり印象がなかったです。
二回いくならもう少しちゃんと見たいけれど。

◆◆◆

家に帰って、「古寺巡礼」を読み返したのですが、

今になれば、和辻さんが薬師寺でハァハァしているのはわからないでもない。

多少の比較文化論のような部分があって、

和辻さんによれば、
ギリシアの神像などは「人の姿から神を造り出した芸術」であり、聖観音などは「神を人の姿の内にあらわしめた芸術」である、といいます。

それが妥当かどうかはちょっとわからないけれど、

聖観音は写実的ではない、ということだと思います。人間ぽいけれど、本当の人間の体のプロポーションではないし、左右の均衡や線の単純な力強さのような、目に見えないプロポーションの秩序が先にあってつくっている気がする。彼(聖観音)を見る心は、建築を愛でる心ににています。

◆◆◆

こんなに出血大サービスをしてくれた薬師寺はすばらしいけれど、今、薬師寺は空っぽなんだろうな、と思うとちょっと寂しい。

2008.04.13

語学クライシス

最近、英語の読解力の衰え(単語わすれ具合がひどい)と、会話力のなさに辟易しています。

私に限らず、わりと周囲も大学院に入ったとたん「英語、英語」といいだした気がします。

1つは留学したいから、っていう絵に描いたように「どろなわ」な理由によりw

2つめは留学生。彼らとしゃべって自分の会話のできなさに落ち込むのが第一段階で、さらに留学生の日本語の上達がめざましいのに凹むのが第二段階。

「英語は世界一易しい、日本語は難しい」とインプットされている我々にとって、めきめき日本語をつかえるようになっていく彼らの姿はまぶしすぎる。そして、己を省みておちこむのです。

◆◆◆

へこんでいてもしょうがないので、なにか対策をたてなきゃな、と思ったのですが。

そうでなくてもやることがいっぱいあるのに、わざわざ自分で時間をとってきっちり英語の自習をできるような気がしない。(やれよ、って感じですが。)
だから、方法は二つしかないと思うのです。

1. いやでもやらなきゃいけない状況に自分を追い込む。(英語の授業をとるとか、翻訳作業をひきうけるとか、留学生としゃべるとか)
2. ふざけてできる位の軽いタスクを考える。

で、課題にかこつけて「S, M, L, XL」を一部訳してみたり(提案したわりに自分が一番すすんでないけど)、「読む」機会はそこそこ増えたし、なんとなく感覚もとりもどしつつあります。

でも、「聞く、話す」に関してはなかなか機会がないのが難点です。
英会話の授業をとってもいいけど、そもそも隔週1回とかでめざましい進歩は期待できないし。

毎日できる何か。
しかも楽な何か。
が必要。

で、院試のTOEFLの前に、さやちゃんが Nintendo DSでTOEICのリスニングの練習をしていたことを思い出したのです。

たぶん同じことなのに、CDを聞くよりDSでやったほうが楽な気がする!(だいぶ短絡的発想。)と思ったのですが、

そもそも私はゲームをしないのでDSをもっていないのです。

いつもの私なら、ここで話は終了です。

が、今回、状況は切実です。

「ここであきらめちゃだめだ!アームストロングだって『ひとりの人間にとっては小さな一歩でも、人類の歴史には大きな一歩だ』と言ったじゃないか〜」と奮起して、

「少年ジャンプ」の「Supreme Game Rush Present」企画(DSを250人にプレゼント!企画)に、応募してみました。

はい、それだけのことです。あたるといいな、DS。

2008.04.04

院生生活は旅行とともに始まった

この間卒業したと思ったら

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(これは卒業式の謝恩会@青山。みんなかわいかったな〜。)

もう新学期&入学式です。感慨にひたる間もない。

◆◆◆

3月の終わりに、研究室旅行でした。いわゆる「追いコン」というやつが、私の所属するO研では旅行なのです。
O教授の足跡をたどる旅@飛騨・高山(先生の出身地が岐阜。)

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高山市の吉島家住宅。明治期の商家(町家)で、重要文化財です。
チャールズ・ムーアが「自分が見たうちでは最高の日本建築である」と激賞したといわれます。

面白いことに、実はこの町家、隣に規模もつくりもそっくりな町家が建っているのです。
でも、そっくりなのに、ぜんぜんよくない。
それは、誰もがはっきりわかるくらいの優劣なのですが、「なんでだろう…」と思うとはっきりこれとは断言できない。おそらく柱のプロポーションや細部のつくりこみの問題でしょうが、不思議なものです。ちょっと考えさせられます。

◆◆◆

雨は降ってるし、山のなかだし、寒いことこの上なかったです。
東京じゃ桜が満開だというのに、いきなり2ヶ月前にトリップした気分でした。

◆◆◆

最悪なことに、私はいままで自分の先生なのにO教授の設計したものというのを、あまりちゃんと見たことがなかったのです。が、今回は、それが見られてよかった。

いつまでも冒険心があるなあ、というのにまずびっくりしました。デティールがきれい。

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コンクリートの模様と、ガラスの模様がおんなじ。

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◆◆◆

おまけ。

研究室旅行の夜は当然宴会なんですが、どんなノリなのかとおもっていたら、(半分予想通り)U助手のむちゃぶりカラオケ大会でした。

これは、「一緒にドリカムを歌おう」と誘っておきながら、自分は「ベースだから」といっさい歌わず、プリティーな技官Y崎さんに歌わせるU助手の図。エアベースが…。

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送り出されるはずのM2はひたすら5人でSMAP(U助手指名。たぶん5人だからというだけ。)を歌わされ。がんばってました。

最後は「あおげば尊し」の大合唱で終了。M2の先輩がいなくなってしまうのは、さみしいなあ、とすごく思いました。それぞれキャラのたった人たちで、もっといろんな話をききたかったし、この旅行みたいに遊んだりしたかったな。

2年はきっとものすごく早く過ぎそうです。ぼーっとしてても過ぎるし、忙しくしてても過ぎる院生生活。具体的な計画はまだあんまりないけれど、充実させていきたいです。

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