2008.07.26

アフリカから来ました

最近、スタバの本日のコーヒーの名前が「アフリカ キタム」なのがすっっごく、気になります。
まだ、「共飲み」はしていません。

(注:学科の友達の半分くらいは私のことを「キタムー」とよぶのです。)

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◆◆◆

やっと、実質上の夏休みになりました。19日に二つ目のスタジオがおわったからです。

二つ目のスタジオは「農と住の融合〜美と健康の家〜」をテーマに、アトリエ天公人の山下先生が見てくださったスタジオでした。
(来週一週間、柏の葉キャンパス駅おりて真ん前のUDCKで一般公開されています。行く機会のある人はほとんどいないだろうけど…。)

なんだか理想主義っぽいテーマですが、自分に関して言えば都会生活も好きだけれど、自然回帰願望もあるので、おばあちゃんになったら、農業のある生活も悪くないなと思います。(イメージは「となりのトトロ」でキュウリをくれたおばちゃん)

実際にやったら、一週間くらいで飽きちゃうかもしれませんけどね。

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このスタジオのために、大手町の野村ビル(人材派遣のPASONAが入っているところ)のB1Fの実験農場に行きました。

風格のあるオフィスビルの中に水田。

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他にも野菜畑など、いろいろあります。

私は当然ひとりでいきましたが、誰かと行っても楽しかっただろうなと思うくらい、けっこう楽しいところです。

◆◆◆

20日に横浜の花火に行きました。

花火と言えば、高校のころから隅田川の花火@どっかの屋上、が定番でしたが(しかもそれで結構満足だったりしたのですが)

今回は、知り合いの招待券をいただいて、大桟橋から、ものすごい近さでみました。

どれくらい近いかっていうと、「花火のあしもと」(すなわち打ち上げ台)が見える、花火が立体で見える(ほんとに球なんですね)、花火を包んでいた紙がとんでくる。

「あしもと」には感動しました。虹の足もとを見るくらい、私の中ではレア。


もうひとつ、26年知らなかったのですが、花火には提供会社とテーマを並べたプログラムがあるんですね。

はじめてプログラムを読んだので「夜空の花束をあなたに」とか、ダサすぎる名前ばかりなことにびっくりしました。

「横浜高島屋」の花火の力のいれようにもびっくりしました。非常に豪華。連発しすぎて煙で半分くらい見えない。そして社員総出の応援(笑

いまは、花火は「玉屋」や「鍵屋」ではなく「高島屋」の時代です。

◆◆◆

帰りに「なんか救急車多いな〜」と思っていたら、ちょうど見ていたあたりで売っていたお弁当で集団食中毒、というオチがついていました。

夏にはお気をつけください。

2008.07.06

心頭滅却

気づけば、もう七月。

六月は、嫌な気持ちを抑えること、心頭滅却、意識の集中、気持ちの切り替え、etc.すなわち自分のマインドコントロールにあけくれ、結局しっぱいしていた月でありましたw

その一環として先週の日曜、jaclineと鎌倉に紫陽花を見に行ってきました。(紫陽花ってあらためてみると綺麗な漢字ですね。)

彼女とは「尼仲間」(俗な気持ちを捨てたい時に助けあえる友達)なのです。

「最近、私、俗だから、心を洗うのに鎌倉までつきあってくれない?」なんていう誘いにのってくれる女友達(25歳)。超、貴重です。

そもそも他の友人に「心を洗いたいときってどうしてる?」なんて聞いたことはないですが(反応がこわくて。)座禅の授業をとっている友人はいますけど。

◆◆◆

鎌倉は、ちょっと笑えるくらいの土砂降りでしたが、かなりの効果でした。

紫陽花の青、雨の音、線香の薫り。

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ちょっと残念なのは、どんなにその場で感動しても、写真にしてしまうと、花の写真というのはどこか「あたりさわりない」写真に見えてしまうことで。みんな同じように見えてしまいますしね。

放送事故のときの「少々お待ちください」に使われそうな写真というか。

ふと見ると、家の「ごみ出しについての注意」のチラシにも紫陽花のイラストですよ。ほとんど「口直し」レベル。

ここで私が下品なことでも書けば、写真が映えるかもしれません。

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青い紫陽花は、自然に青くなるわけではなくて、このお寺ではがんばって青くしているそうです。

白鳥は水面下で足漕ぎをし、建築家は似たようなスタディ模型をつくりまくり、美人は家でビリーをやり(古いか)。

確か、土壌が酸性だと紫陽花って赤くなるはず…(うろ覚えですが)、と思うと、これは水面下の努力の美学であると同時に、環境問題(酸性雨)への抵抗でもあるわけです。

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…すみません、適当かきました。

◆◆◆

それから一週間。

結局、還俗してしまったのでした。尼は遠い…。

まあ、よく考えれば、鎌倉から帰ったその足で「中級ユーラシア料理・元祖日の丸軒」で、先輩、同級生まじえ(年齢は実は全員おなじくらいだけど)て騒いでいたあたり、すでにもう還俗してたと言えなくもない。

うわさのエジプトコロッケ・ターメイヤは精進料理のようなものらしいですが(これを言ったら、jaclineに「おやつだよ!」と否定され、あまりの勢いに、「でも、それ、背反な事象じゃないんじゃ…」という私の反論はむなしく宙にきえました。)、そもそもお酒飲んでる時点でアウトです。

この店は、基本的につっこみどころしかありませんでしたが、特に、店長のアンドレ(日本人)さんのインパクトはすごかった。

そして、一番のつっこみどころは、そんな店の雰囲気にたいして違和感のなかったその場の面々w

◆◆◆

スタジオがひとつおわり、ひとつ残っているところですが、やっぱりかなりの開放感で、行きたかった展覧会にいくつかいきました。

イタリアの彫刻「カルロ・ザウリ」の展覧会はなかなか濃ゆくてよかったです。最近は、建築でも、他の芸術作品でも、ストレートな欲望の形に惹かれます。

2008.06.15

ドクター・スランプ

嫌みなくらい晴れわたった日曜日。
たしか父の日だったけれど聖(父)は出張でラオス。
毎日のように日記とおぼしきメールが(「朝ご飯は鳥粥」とか死ぬほどどうでもいいことが書いてある。)、宛先を家族と職場にして来ます。
職場の人もかわいそうに…。ブログでも覚えればいいのに。

◆◆◆

5月20日あたりに行った超絶空間「大谷石資料館」(昔の大谷石の採掘場の跡)が舞台だというだけで、
GLAY のsoul love をyoutubeで三回もみてしまいました。

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本当に建築の意図がなくてこの空間ができたというだけで「デザインってなんだろう」と思わせるには充分な気がします。

2008.06.09

日々の泡

誕生日に本をもらったことはほとんどなかったけれど(中学の時にM.C.エッシャーの画集をもらったことがあるけれど)

今年に限って、3人の人から3冊の本をもらいました。

・「日々の泡」 ボリス・ヴィアン・著
・「サマー/タイム/トラベラー」新城カズマ・著
・「ドガ ダンス デッサン」 ポール・ヴァレリー・著

もらってわかったけれど、本をもらうっていいものですね。
私の趣味を考えて選んでくれたんだろうな、というのも嬉しいし、全然知らなかった面白い本を読むきっかけとしては最高です。

◆◆◆

1冊目、フランスの幻想小説「日々の泡」を読みました。

表紙が、ベン・シャーンの絵なので、すでに期待大。

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帯には「20世紀の恋愛小説中、もっとも悲痛な小説」と書いてあります。

すごく変わった書き方をされているお話です。超現実的というか。ブラック・ユーモアというか。

ジャン・ポール・サルトルの「嘔吐」をまねて、作中に、ジャン・ソオル・パルトルという作家が出てきて、『嘔吐百科』を書き、さまざまな嘔吐の標本を持って講演会をしたりします。

スケート場では、人々がぶつかり合い、転倒し、轢かれてバラバラになってしまった死体を、清掃係が退屈そうに片付けています。

この感じ、なにかに似ている。
脳内を検索してわかったのは「マザー・グースの歌」でした。

ジャックが頭を割ったり、クックロビンが殺されたり、すごく残酷なのに、外国の子供がこれを平気で歌っているということが、子供のころは理解できなくて、絵本を読んでいてすごく不気味でコワかったのを覚えています。(思えば、日本のわらべ歌だって残酷だったわけですが。)

とりあえず「これはこの世界ではアリなんだな」という了解の元に残酷さと滑稽さを受け入れるような感覚。遊戯というか、訓練というか。

その、不気味なオブラート越しに見る世界のなかで、主人公とその友人の3組の恋人たちだけが、理解できる純粋で透明な存在として浮き上がるように描かれているので、

虫が暗闇の中の蛍光灯に集まるように、いつのまにか惹かれてすいよせられてしまう。

お姫様はお姫様であるような、おとぎ話の要件をはじめから備えているわけです。

けれども、「もっとも悲痛な」とあるように、透明な主人公たちは、読み進むほどに不気味な地の世界にかき消されていきます。

言うなれば、いまにも死にそうになって、どんどん冷たくなっていく小鳥を手の中で必死で暖めてあげるのだけれど、やっぱりそれでもどんどん冷たくなっていってしまうような、そんな思いをするお話。

小説を読んだのが実に1年ぶりくらいですが、もっと小説をよみたくなりました。

2008.06.06

バースデー

つきなみなタイトルで、6月5日は私の誕生日でした。

つきなみなことをいいますが、メールや口頭でおめでとうと言ってくれた人、知っていたけどあえてなにもいわずに一人ワイングラスを持ち上げて「おめでとう」とどこかの空の下でつぶやいてくれた人、特に誕生日とか知らなかったけどこの日記をみて「ああ、この人も26かあ」となにかを感じてくれた人、どうもありがとう。

ごはんや飲み物やおやつやケーキをくれた人、ありがとう。誰かと一緒に何かを食べられるっていうのはほんとうに素朴で力強い幸せなんだと思います。原始人だって、きっと「おれ、やる、肉。おまえ、食う。」ってなことからコミュニケーションを学んでいったんだと思います。

(ところで、あろうことか誕生日に「ラーメン大」デビューをしてしまいましたw)

自分は親友たちの誕生日をだいたい3日後に思い出して「しまった、微妙…」と思っていっそのこと1ヶ月待って「1ヶ月おくれでお誕生日おめでとう☆」とか言ってごまかそうかとおもいきや、それも逃して、しかたなく一人心のなかで「おめでとう」をいうような人間なので、きっちりその日に「おめでとう」を言ってくれることが、さりげなくてもどんなにありがたいことかと思うわけです。

◆◆◆

今日いちばん面白かったのは、後輩のこころづくしの26個のシュークリーム群。

26本のろうそくを消すのに3、4分くらいかかった気が。

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後輩はかなり歳下なので、「26歳」という響きに若干びびっている私においうちをかけるように、「コンセプトは26歳という量を体感してもらおうってことで!」と。

たしかに、デザインとしての根幹はまちがっていないけど、嫌がらせ半分のコンセプトにこの労力w

食べきれないシュークリームを食べていたら、笑えてきました。

この歳になってまで、こんなアホな祝い方をされるとはww

◆◆◆

そう、自分は26歳にしては本当に残念なくらい精神年齢が低いので、

「オトナっていうのは、虹みたいなものだね。いつだってむこうにいるんだ…。」なんて思ってしまうわけですが。

そういうものの居心地のよさに最近甘んじているのではないかと感じだし、人生何度目かわからないオトナ化キャンペーンでもはろうかと思っております。

オトナってなにかしら…?

◆◆◆

[おまけ]

同じ後輩がひとの机に勝手においていったマムシ酒のびん。

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「いじめッ子」はいくつになっても「いじめッ子」なんだなあ。

2008.06.04

かわいい…

夜の本屋の前につながれている犬。

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◆◆◆

5月の終わりに八王子は大学セミナーハウス(吉阪 隆正・設計)に行きました。
以前に別の人と行ったことがあるので今回は2回目ですが、あらためてデザインの密度にびっくりしました。こんなに表現的なデザインが日本でうまれたということが信じられないほど。

コルビュジエの後期の作品の、最も濃いエッセンスを受け継いでいるのでしょうか。
ロンシャンもラトゥーレットも実物でみたことがないので、比較はできませんが。

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きっと、設計たのしかっただろうね。

◆◆◆

みぃこちゃんのところで昨日、学校で模型をつくってる最中に(?)みたバトンをやってみる。

こういうばかばかしいタスクっていいね。

<地雷バトン>

見た人全員やること。
絶対だからね。
嘘つきは嫌い
題名に《見ないほうが身のため》と書いてね。

ごめん、無視。

■名前は?

北村知佳子

■歳は?

ぎりぎり25。

■寝るの好き?

好き。寝るのが好きな人と、たまの休みに一緒にごろごろして遅いブランチを食べながら「びっくりするほどよく寝たね〜」っていうのがいまの夢のひとつ。

■彼氏/彼女いる?

いませんよ。

■タイプは?

ステレオタイプだけれど、好きになった人がタイプ。

■元カレ/元カノの人数は?

片手で数えられますw(たいていの人はそうだろうと思うけど。)

関係ないけど、「単位とれてるの?」と聞かれて、「両手でかぞえられないよ!」と答えた後輩のきりかえしを思い出します。

■S/M?

相手によりけり。

■今何してる?

お風呂がわくの待ってます。

■野球派?サッカ-派?

どちらも詳しくないけれど、どっちかというとサッカー。

でも、くりいむしちゅー上田の野球ネタつっこみは好きです。
(電気を何回もつけたり消したりする人に)「プロ野球8月中旬のマジックか!」とか。なんのことかよくわからないんだけれど。

■煙草吸ってる?

すってません。

■吸ってる人は種類何?

すってないって。
でも吸うとしたら、インディアンの箱かラクダの箱がいい。かわいいから。

■お酒飲める?

弱いけど。

■夜働いたことある?

塾講師は夜の仕事ですね。

■バイトしたことある?

あります。(同上)

■何才に見られる?

どうだろ?学年相応に見られたら御の字。

■ぶっちゃけ何人に告られた?

日本人(ぱくり)

■髪何色?

若干茶色。

■ピアス何個あいてる?

あけてません。

■身長何センチ?

166cm

■携帯の機種はどこ?

Docomo

◆◆◆

さて、明日は2限@柏です。おきれるかな…。

2008.06.02

コーヒー中毒

です。

毎日、スタバで「キャラメルソースラテ/ショート」を頼んでる気がします。(キャラメルソースが¥0なので、一番安いラテをちょっとゴージャスにしようという細かい試み。)

なんで春・夏って、自販機に「あったか〜い」がないのかな、とさみしく思います。
末端冷え性なので、年がら年中「あったか〜い」飲み物が好きなのです。

「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで」身上つぶした小原昭輔さんになってしまいそうなほど、
あったかい布団、あったかい飲み物、あったかい風呂、をこよなく愛する身としては、

冷たい缶コーヒーはただの缶コーヒーだ!と強く訴えたいです。自販機の偉い人に。

◆◆◆

「現代アートの哲学」(西村清和・著)を読みました。

ぜんっぜん難しくはないんですが、一見まじめな本です。
でも、この本はおそらく隠れたエンターテイメントです。

どこにもエンターテイメントな要素はない(真面目な文体、面白みのかけらもない表紙、挿絵は白黒)のにもかかわらず、「この著者はまじめなふりして実はにやけながら書いてるな」と直感がいうのです。なにかがおかしい。

本文より。「キッチュ」の「寄生の美学」についてありがちな非難の是非を考えるところ。

「われわれにしても、テレビドラマにひどく感動して、ついつい涙を流したあとで、あわてて舌打ちしながら、こんなお定まりのお涙ちょうだいのメロドラマにまんまと乗せられてしまった自分自身に腹を立て、自分を安手のタイプとしてあつかい、わたしのなかのできあいの感性をくすぐった作者のいやしい思惑を非難することもあるだろう。」

…ないよ(笑

◆◆◆

キッチュ=寄生の美学、というのは面白いと思います。
共通の認識や想像力によって補われる美。すなわち物に内在していない美。

というのも、他人と共有される妄想というもので日常が成り立っているというのはどういうことなんだろうと常々思うからです。他人に共有される時点で妄想は現実とつながってしまってるわけで。

◆◆◆

心の中でほおづえをつきながらニヤニヤと読んでいたのですが、もうひとつ面白いなと思ったのは、「魅力」の部分。

「イギリスの美術批評家ジョン・バージャーは、他人をうらやましがらせる状態を特に『魅力』と呼ぶ。バージャーによれば、このような意味の『<魅力>は近代の産物である。これは油絵の全盛時代には存在していなかった。』」

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ゲインズボロ「シドンズ夫人」のような肖像画の女性は気高く優雅でも魅力的ではないそうです。なぜなら、そうした特質が彼女の中で自己完結しているからで、彼女のようになりたいという他の人々の羨望に依存しているわけではないからだといいます。だから、肖像画の女性は「魅力」がなく、広告の美女は「魅力」的なのです。

20060403

「個人的で社会的な羨望が一般化した世の中になっていなければこのような"魅力"は存在しえない」

もしかしたら、肖像画も、現代だったら美術館にきたおばちゃんたちに「こんな生活、いいわねぇ」なんてため息つかれてるかもしれないですけどね。

広告がかきたてようとする対象であるところの、このような「羨望」は、一種の退行現象なのだそうです。

生後八ヶ月以降の幼児が自分の鏡像を自分と認識できず自分と他者を混同するようなことが、「羨望」、すなわち「自分の見ているものになろうとする」ことであると。

たとえば今日のような消費社会ではなかったら、「羨望」は今よりも少ないのかしら。
ちょっといいなと思ってしまいます。これも、「羨望」かな。

「羨望」が一般化していると、「この人ってこういう人なんだな」という想像力(というか自他同一視)が働きやすくなるとか、想像的伝記のようなものが増えるとかあるのでしょうか。

「私的全体性」ももしかしたら、こんな「羨望的想像力」に鍛えられた世代には、わりと受け入れやすいような気がするのです。

2008.06.01

夢(アメリカン・ドリームでないほうの)

もう六月なんですね。

まだ梅雨がきていないのが信じられない。もうさんざん降ったでしょうに。

◆◆◆

今日は「『環境・時間・建築』をめぐって」という講演会を聴きました。

「ファイバーシティ」大野秀敏(東京大学)/「負ける建築」 隈研吾(東京大学)/ 「密教建築」 藤井恵介(東京大学)/ 「ランドスケープ」 桜木直美(アースワークス・武蔵野美術大学)

というだいぶ不思議なコラボレーションによる、3時間半にわたる大講演会でした。

◆◆◆

隈氏に関しては、以前、「負ける建築」についての講演は聴いたことがあって、それは面白く聞いたように記憶していたのですが、今回、『負ける建築』はもう飽きたのでべつのことをと言って話したその内容は、

「アイコン」というもの。

◆◆◆

すなわち、現在圧倒的な勝率を誇るザハ・ハディドを筆頭に、選ばれる建築家が持っている「アイコン」。あるいは消費対象としての作家性。他との差異。ブランド。

隈氏はそれを「インターネットのモデルを考えたときに、検索のキーワードとなるようなもの」と言ったような気がしますが、それぞれの作家のサインです。

彼はそれを強化することの重要性を説いた上で、自分の「アイコン」は「素材感/テクスチャー」だと言いました。

びっくりした。すなわち、日本を代表する建築家の一人が学生にむかって、消費される側としての建築家の立場を説いている。単一な「アイコン」で建築を覆うことは、確実にその建築の社会的寿命を短くすると思うのですが、「『テクスチャー』というアイコンはどれほどもつと思うか」という問いに対しては、先鋭的になることでこたえていくと答えていました。それは個々の建築のアイコンの寿命ではなく、残念ながら隈研吾という建築家の社会的寿命が長らえるということにしか聞こえませんでした。

その消費構造自体になにかしようという気持ちが感じられなかったのが、悲しい。アメリカン・ドリームでない方の夢がないじゃないですか。

◆◆◆

ついでに、ビアトリス・コロミーナの「マスメディアとしての近代建築」の参照だと思うけれど、建築のマスメディア性ということを言って、「水ガラス」でのフレームワークとしての建築(ちなみに前書においては、コルビュジエのフレームワークをあつかっている)の話をしていましたが、

卒論でコロミーナ以降のマスメディア性を考えていた自分としては、話がそこで止まってしまったことが残念で、もし質問がゆるされるのなら、その先をどうとらえているのか聞きたかった。

◆◆◆

藤井先生の講演は、オイッスの力作の曼荼羅アニメーションが美しかったです。

◆◆◆

一番楽しかったのは、桜木氏(女性です)のランドスケープの話で、

全体的に自然とデザインに対する敬意の感じられる、とっても爽やかな講演でした。

ランドスケープに関してはまるまる勉強不足なので、モダニズムのランドスケープから現在に至るまでの流れをわかりやすく説明してくれたのはありがたかったです。建築をする人がこういうことを勉強しなければいかにも片手落ちだと思わされたので、折をみてきちんと勉強したいものです。

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有名なアートらしいですが(アースワークというらしい)ロバート・スミッソンの、ユタ州の沼地につくった巨大な渦巻き状の堤(堤をつくっただけで塩によって沼の色が変わるというのは圧巻)とか、ウォルター・デ・マリアの(地中美術館に作品のあるあの人)、平原に雷を落す空間装置なんかが紹介されていて、非常に面白く見ました。

◆◆◆

現在、生活に「爽やかさ」というものが足りていない気がします。

自分の気持ちの問題です。あと、雨のためかな。

爽やかな気分に近い?かわからないけど、こんな曲をきいてみました。(from 真魚ちゃん)

今年のユーロビジョン優勝者(ロシア)の準決勝の時の映像

これって、もしかして、ヴォーカル、ヴァイオリン、アイススケーター(!)、のトリオなんですかねww 最後の締めにちょっと笑ってしまいました。さすがロシア。

2008.05.21

空き巣!

信じられない。

家に空き巣が入りました。

昨日帰ったら、1階の日本間のガラスが割れていて、2階の窓も空いていました。

被害はわかってるところでは、アクセサリー類と商品券でした。

パソコンは盗られていませんでした。(中国人などの犯行だと、必ず盗られるらしいのでこれは日本人だろう、と警察の人が言っていました。)

それにしても、気持ちが悪い。

昨日、最後に家を出たのは私なので、私が出るのをどこかで待っていたのかな…なんて思ったら、もう。

もしも一人暮らしだったらもう家に帰れません。家族がいてよかった。

◆◆◆

うちは特別にセキュリティが低い家というわけではないと思います。

SECOM(総合警備保障)はついているし、玄関には二個鍵がついているし。

それでも、警備の人が駆けつける5分の間にことをすませてしまう彼らを、鍵を開けずに窓ガラスを割って入ってくる彼らを、いったいどう防げというのか。

空き巣の被害って世の中には山ほどあっても、なぜか自分の家に来るとは思わないもので。

今でもなんでうちの家に入ったのかな、という気がします。近所にもっと大きい家だっていくつもあるのに…。

ほんとうに、ほんとうに、みなさんもお気をつけて。

◆◆◆

盗られたのが主にアクセサリーとか数珠だったので、母親以外の家族はあまりがっかりしていませんでした。

私の部屋なんて「ハズレだな」と思われたのか、入られたあともありませんでした。(ちょっと複雑な気持ちですが。)

まっすぐにタンスをあけて、そうしたものだけもっていった模様。

しかも彼らは、模様のついたアクセサリー(オメガとか琥珀彫りとか)には目もくれず、石のついたものばかり持って行きました。売りやすいからかな。

◆◆◆

実は、私が生まれる前も、昔住んでいた目黒の家に空き巣が入り、その時も宝石が盗まれたらしいです。

両親はそのとき新婚で、婚約指輪も盗られました。

それで、祖母がかわいそうに思って、かわりにと母親にあげた指輪もおそらく今回盗られたので、つくづく宝石に縁がない家です。

◆◆◆

そのとき、鍵のかかった納戸(ただの物置ですが)にそのドロボウが押し入ろうとして、隣接する部屋の押し入れの奥の壁をぶちぬこうとして失敗した跡が、目黒の家にはずっとありました。

押し入れの奥の壁なんて人目につくこともないから修理しなかったっぽいですが、それを見ながら子供心になにかこっけいだなと思ったものです。

◆◆◆

こういう状況は、すごく気持ち悪いし、嫌なのに、どこか滑稽なのはなんでなんでしょう。

警察がまじめに指紋とったりしているのを見ても、なんだかお芝居みたい。

◆◆◆

でも、一番間違っていると思ったのは、「警察が来るから片付けなさい」という母親の言葉です。

気持ちはすごくわかるし、結局片付けたけれども。

2008.05.15

青い鳥の居場所

疲れているとき、あせっているとき、本当に手がつけられない。デフレスパイラルとはこのこと。

昨日本郷のスタジオの中間だったので、グロッキーになりながら柏のスタジオのエスキス。その後、ぐったりと電車に乗って、気づいた時には、パソコンのバッグがありませんでした。

めちゃくちゃあせって、方々の交通機関に落し物の届出をし、なきそうになりながら家にかえって携帯を見たら、友達がもってかえってくれたとの連絡がありました。

青い鳥は、家にいるんでしたね。

◆◆◆

KちゃんとGドンが偶然おんなじ英会話のクラスだったという話を聞いて「わあ、かわいそう~」なんて気楽なコメントをしていたら

私も英会話のクラスがN岡氏といっしょだったのでした。

グループディスカッション、といわれて、笑い→脱力。

何で、いつでもしゃべれる相手と英語で会話するはめに。

◆◆◆

でも、英会話のクラスを受けて思うのは、留学生と話してる方が面白いなあと。

例えばこんなとき↓

同じ研究室のフランス人Jが、中間講評中に書類をとりにきました。

書類をあずかっているY崎さんは、そのとき中間講評に出席していたので、

「いま、書類を渡すことはできますか。」と聞いたら、

「抜け出せなくはないけど…。『急ぐの?』って聞いて。」

…『急ぐの?』?

この言葉の、短いながらニュアンスを伝えることのなんという難しさ。

とりあえず英語で『待てる?』というようなことを聞いたような気がしましたが、

いまだに納得のいく答えがわかりません。模範解答プリーズ。

◆◆◆

柏にいくときは電車に乗っている時間が長いので車内広告がやたら目に付きます。

最近のお気に入りはゴルゴ13とネスカフェの缶コーヒーのコラボの広告。

「うまいかだと?愚問だ。」

「ほんとうの仕事とは、こういうものだ。」

「きみはなぜ、喉が渇いていないのに、飲むのか。」

しぶくていい。

去年のGWの、「必殺仕事人」のパチンコの広告「GWは仕事だぜ!!」以来の名コピーではないかと思っています。

◆◆◆

また、千代田線で見たこんな広告。

「愛してると伝えた返事が、

なかなか返ってこない私にも、

必ずかえってくるものがある。

ありがとう。」

良くは覚えていないけど、こんな広告。キャッシュバックサービスについていってるらしいのですが、なんというか、言っていることの前半と後半のギャップにびっくりします。そんなまとめでいいのか?というような。

◆◆◆

中間につぐ中間。火曜も中間、金曜も中間。

とりあえず寝よう。

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